「ともに歩む」シスター入江純子
「尊敬をもって互いに相手を優れた者と思いなさい。」
「ローマの信徒への手紙」第12章10節
暑い夏休みでした。災害と言われるほどの暑さでした。この時を元気に過ごされたことに感謝しましょう。
シスターは9月3日の海星祭を楽しみにしておりました。今日は誰に出会えるかな。卒業生、保護者の方々、近隣の人たち。そしていつも講堂でまっすぐな姿勢で私の話を聞いているあなたたちに会うため始発の「みずほ」に乗ってきました。開始10時に間に合って、すべてのステージプログラムを見させていただきました。 講堂朝礼の時のあなたたちからは、想像できない爆発的な動きに若いエネルギーを感じました。ステージで演技する人、司会担当の人、照明係の人たちは心と力を合わせてより良いものにしょうとの思いが感じられました。近隣の方たちのオカリナ演奏、スクールバスの運転手さんのバンドなど、学校が一気に地域社会に開かれた感じがしました。創立60周年を感謝して精いっぱいみんなで参加した良い時をありがとうございました。シスターは15年程前にこの学校にお世話になっておりましたが、学校が大きく開かれて今のこの時に望まれる教育の場に変わっていくと感じうれしく思いました。そして、この若いはじけるようなエネルギーを誰かの生きる力の チャンスになればと思いました。鈴木朗希投手(ロッテ)が言われていたように、寂しい思いをしておられる方に、一瞬でも忘れていただいて、少しでも楽しかったり、笑顔になれたり、元気になっていただけたら幸いですと。これが「ともに歩む」私たちの在り方ですね。
学院祭が今月のテーマ「ともに歩む」の実践でしたね。ちょうどあなたたちは60周年というこの時に在校生として海星で学んでいました。この「時に仕える」そして「ともに歩む」ということは、神さまの想いなしに 何事も起こらない、存在しないのです。ですから「私」のこの時の海星での存在は偶然ではなく、必然的に 置かれた時であり場なのです。
「コヘレトの言葉」第3章1節
何事にも時があり
天の下の出来事には
すべて定められた時がある。
生まれる時、死ぬ時
植える時、植えたものを抜く時
殺す時、癒す時
破壊する時、建てる時
泣く時、笑う時
嘆く時、踊る時
石を放つ時、石を集める時
抱擁(ほうよう)の時、抱擁を遠ざける時
求める時、失う時
保つ時、放つ時
裂く時、縫う時
黙する時、語る時
愛する時、憎む時
戦いの時、平和の時。
わたしは、神が人の子らにお与えになった
務めを見極めた。
神はすべてを時宜(じぎ)にかなうように造り、
また永遠を思う心を人に与えられる。
すべての時を支配されている神は、一人ひとりの与えられた時を時宜にかなって美しいものとされる。
60周年を生きる私たちに、この時をお与えになった。それに応えたあなたたちは、これからも置かれた時と場をキャンセルしないように受け入れていくことに人生を賭けてほしいです。
シスターのひとり言
焼き肉を提供してくださったお父様に廊下でお会いました。
そしてプロテスタントとカトリックとはどう違うのかと質問を受けました。
この話をしている間に、おいしい焼き肉が完売してしまいました。残念至極