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まもなく27年

教 頭 松本 裕子

〇 1月17日、阪神・淡路大震災からまもなく27年が経とうとしています。あの日、私は2月の出産に控えお休みをいただいており、家でこのニュースを見たことを覚えております。早朝5時46分、淡路島北部を震源とするマグネチュード7.3の巨大地震。家屋が倒壊し、火災が起きました。高速道路の断裂が目に焼きついています。死者6,434名、負傷者43,792名という戦後最悪の被害でした。今年の追悼行事灯籠には「忘」という文字が書かれ、「記憶が薄れることなく震災の経験を忘れないで原点に戻ってほしい」との想いが込められました。

  昨日の朝日新聞に「震災を知るということ」という記事に目が留まりました。当時小学2年だった早川さんは、震災で母を亡くしました。その日から笑うことを忘れ、1月17日が近づくと気持ちが沈んでいました。すぐにでも就職して働きたいという思いから、地元の県立高校「環境防災科」(震災後教訓を生かして防災活動を担う子どもを育てるために全国初の防災専門学科として設立された)に入学するも毎日「辞めたい」と思っていました。     

 入学して1か月ほどしたある日、講演教室で神戸市消防局副署長の藤井さんという方に出会います。消防士の藤井さんは震災の経験を淡々と語ります。その講話の中で、「一人だけ助けることができませんでした」と声を震わせ、涙をこぼします。  

 藤井さんは、あちこちで火が上がる神戸市を走り回り、ひとつの病院へ救助に向かいました。ベットとベットの間に閉じ込められた患者さんを一人ずつ救出しました。活動は深夜過ぎまで続きましたが、どうしても一人が見つかりません。病院からもらった名簿によると「長尾さん」という女性が残されています。同じ部屋にいた患者さんによると揺れの直前に部屋を出たということ。 

 次の日、長尾さんは遺体で見つかりました。何度も呼んだ長尾 さんの名前は何年たっても忘れることができませんでした。早川さんはその話を聴いて、その長尾さんが自分のお母さんだったことに気づきます。まったくの偶然でした。

11年後に思いがけず母親の亡くなった状況を聴いて、胸が苦しくなります。講演後の感想文には「学校をやめるのをやめる」と記し、「母の命を助けようと最後まで努力した人がいた」ことを知り、早川さんは前向きに生きることを決意します。思い出したくない経験だけれども、教訓や経験を伝えることが防災に繋がることだと考えます。

 早川さんは現在、3人のお子さんを持つ母親になり、今年長男の結(つなぐ)くんが小学2年生になります。自分が震災を経験した年です。初めて我が子に震災のことを話すつもりです。

〇 本校は明日から入学試験の面接が始まります。火曜日から願書受付が3日間あり、マリアロビーにはストーブが設置されました。寒い1週間でしたので、子どもたちも大喜び。しかし、入学希望者の保護者の皆さまのために、3日間はがまんをしました。「今日からストーブにあたれるからうれしいな」と1年生。可愛いつぶやきに「がまんをしてくれて、ありがとう。神さまこのやさしい海星っ子の心にお恵みがありますように」と祈ります。

〇 6年生も中学校の入学試験が1月初旬から始まりました。希望する中学校へ学んだ力を発揮してくれることを願います。

 この時期、受験生を持つ保護者の皆さまは、子どもと同じ緊張感の中で過ごされていることでしょう。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、大学受験の共通テストが受けられなくなった受験生に対して、文科省が柔軟な対応を大学側に要請しています。試験直前の決定で公平性が問われます。今年も全国的に新型コロナウイルスの感染対策に学校やご家庭は神経を使い、受験生が安心して試験できるように望みます。

〇 6年生の子どもたちの進路は2月には決まります。自分の希望する中学校へ進学できる子できない子と分かれます。この現実を 12歳の子どもたちが受け止めるには高い壁です。大人である私たちはぜひ、大きな心で「神さまが決められた進路に自信を持って進みなさい」と包み込んであげたいですね。

 どこの中学校に行くのかが大切ではなく、その中学校でどのような使命が待っているか、命の花を咲かせるのかが大切だと思います。

 コロナの収束にはもう少し時間がかかりますが、自分ができることを精一杯行い、その満足感を子どもたちに学ばせたいと祈るばかりです。

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