校長室からMessage

つながりとやさしさ

教 頭 松本 裕子

慰霊ミサ

〇11月8日、学院講堂にて「慰霊ミサ」が大山神父様司式のもと、執り行われました。祭壇の横には、学院の創立者マリ・ド・ラ・パシオンの写真が中央に飾られ、創立当初から支えてくださったシスター方、先生方、子どもたちと関わりのあるご家族の写真が並びました。

〇大山神父様は、「私たちの身体は60兆個の細胞からできています。その細胞は、毎日3000億個が死に、生まれ変わっています。つまり、私たちの身体は、常に生まれ変わりながら生きているということです」

〇身近な方の「死」は、辛く、悲しみに打ちひしがれてしまいます。でも、教会では「死」は終わりではありません。「見える生命から見えない生命へと変わるのです」私がここに生きているのは、父と母がいたからです。父と母がいたのは、そのまた父と母がいたからです。生命のつながりを感じます。そして、相田みつをさんの「自分の番 いのちのバトン」の詩が思い浮かびます。「20代前では・・?なんと100万人を超すんです。
過去無量のいのちのバトンを受けついで、いまここに
自分の番を生きている。それがあなたのいのちです。それがわたしのいのちです」

〇神父様のお話の後、全校生で今生かされている自分の生命のつながりに感謝し、亡くなられた方のためにお祈りしました。

植村 努さんの夢

〇植村 努さんは北海道でリサイクル用マグネットをつくる会社を経営する傍ら、子どものころからの夢である宇宙開発にも取り組んでおられます。自分の夢を叶えるために必要なことを紹介されています。

〇あなたは「夢」をもっていますか?「夢」は、できそうな夢しかみてはいけないのでしょうか。できる、できないは一体誰が決めるのでしょうか。

〇勉強しないといい学校に行けないし、いい仕事につけない?いい学校、いい仕事とは何でしょうか。安定して楽してお金がもらえることでしょうか?もちろん、お金はないよりたくさん持っていた方がいいでしょう。お金で高級車は買えますが、高級車を作って売ってくれる人がいなければ買うこともできません。作る人は、もっといい車を作ろうと努力し、研究しています。がんばっている人がいるから売ってもらえます。つまり、自分ができれば、してあげられるし、仕事にもなります。

〇今、できないことを追いかけるのが「夢」ではないでしょうか。できなかったことができるようになることが人間にとって素晴らしいことです。

〇自信をなくした人は、自分の自信が欲しくて他の人の自信を奪ってしまうことがあります。例えば、お金で自信を買う人、自慢する人、人を見下す人、人の努力を邪魔する人です。
「自分なんて勉強したって無駄」「努力したって無駄」「どうせ無理」という言葉は、人の自信と可能性を奪う言葉です。

〇世界をよくしていくためには、「やったことのないことをやる人」「諦めない人」「工夫する人」が増えることです。それは、みなさんです。

〇人との出会いやつながりが、お互いできないところを助け合えるから、意味があります。出来ない理由を考えるより、できる理由を考えましょう。「だったら、こうしてみたら?」

やさしさ

〇今週の全校のつどいで読まれた聖書は「犯罪人の回心」(ルカ23章39~43)でした。イエス様が十字架にかけられている悲しい場面です。イエス様のほかに2人の犯罪人も十字架にかけられています。ひとりの犯罪人は、イエス様に「おまえがメシアならば自分と俺たちを救ってみろ」と罵ります。
もうひとりの犯罪人は「あなたが王権を持っておられるときに、わたしを思い出してください」と言います。

〇犯罪人の二人に、悪いことをしても失敗しても、イエス様は「わたしのところに来なさい」とおっしゃいます。イエス様を思い出し、そばに行こうと思うことで「やさしい自分」に戻ることができます。人間は不完全ですので、何回も何十回も悪いことや失敗を犯します。でもその度に、イエス様のもとへ行くことで、「やさしさ」を取り戻すのです。イエス様と関わりを持つことが大切なのです。
 今日も祈ります。「わたしの罪をおゆるしください」

 

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