学校だより 地の塩 第400号
ファミリースポーツデーのあゆみ
先週30日土曜日に開催したファミリースポーツデーは青天のもと、盛会のうちに終えることができました。次第に日差しが強くなり、気温が上がるなかではありましたが、副校長の講評にもありましたように、子どもたち一人ひとりはよく頑張りました。大いに誉めたいと思います。
また保護者の皆様には、各競技にご参加をいただきありがとうございました。ファミリーでスポーツを楽しむ時間になったのではないかと思います。閉会式後の後片付けにも多くの方々にご協力をいただきました。重ねてお礼申し上げます。

ファミリースポーツデーのあゆみをふり返りますと、この名称が使われるようになったのは、今から50年以上前になります。海星小が開校したのは昭和43年。開校後の記録には「春の体育祭」とあります。しかも、小・中・高校合同の体育祭でした。開校した頃は中学校もあったのです。
また同じ年の秋には、「親子体育祭」も行っていました。当時の3年生の作文には、「わたしは、おかあさんをこして、一番になりました。」とあります。
「ファミリースポーツデー」という名称が登場するのは、昭和50年です。昭和53年の記念誌「ひかり」には、「行事の意義」と題して、5年生がファミリースポーツデーの意義を次のように書いています。
「スポーツのよさをほんとうに感じる一日。」
「ファミリースポーツというのは、大人も子どももみんなで力を合わせ気持ちを一つにするもの。」
海星ファミリーの運動会という趣旨は、50年以上受け継がれています。
海星小のルーツを探る旅Ⅰ
修学旅行は、海星小学校のルーツを探る旅です。各訪問先で貴重な体験的学習を行います。子どもたちが修学旅行で学んでいる主な内容について、今回と次回に分けてお伝えしたいと思います。
○1日目:熊本市内
修学旅行1日目の訪問地は、待労院「コール資料館」、慈恵病院、本妙寺でした。資料館を案内してくださったのは、本校の元校長シスター入江です。子どもたちは、聴きながら熱心にメモを取っていました。

待労院は、明治34年にコール神父と五人のシスターが、当時本妙寺に集まっていたハンセン病患者を救うために建てた療養所です。コール神父が名付けた「待労院(たいろういん)」には、「労苦を終えて天国での安息を待つ場所」という意味がこめられています。
当時、ハンセン病は恐れられ嫌われていました。しかし、シスターたちが素手で患者に触れ、笑顔で接する姿は、日本社会に大きな驚きと感動を与えました。この五人のシスターを派遣したのがマリ・ド・ラ・パシオンです。本校の設立母体であるマリアの宣教者フランシスコ修道会を創立しました。本校1階の会議室横にある掲示板に肖像画を掲げています。

修学旅行後、言葉が通じず病気への差別も強い土地で、五人のシスターたちを支えていたものは何だったのかについて聴き合いました。授業の最後に、子どもたちは次のような感想を書いていました。
・イエス様の教えを受け継いでこうと決めた五人のシスターは、ほんとうに心の強い人だと思いました。
・み言葉に従うことで人を助けたいという思いが出てくるということで、やっぱり神様やイエス様の教えは大切だなと思いました。
・本妙寺に行くと階段があり、階段にハンセン病の患者さんがたくさんいたのを考えただけでかわいそうでした。…一人でも多く救えた命を救えるようにしていきたいです。そのために、お友だちと仲良くすることが大切だと思います。


